| 書 名 | まんがでわかる まんがの歴史 | ||||||||
| 著 編 | まんが/ひらりん 作/大塚英志 | ||||||||
| 協 力 | |||||||||
| 出 版 | KADOKAWA | ||||||||
| 発行日 | 2017年11月4日 | ||||||||
| 発行地 | 東京 | ||||||||
| 定 価 | 1800 | ||||||||
| たてcm | 21 | ||||||||
| よこcm | 15 | ||||||||
| 備考 | |||||||||
| ISBN9784041047972
[編集企画]コミック&キャラクター局ヤングエース編集部 |
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| 内容 | |||||||||
| [目次]
第1章 「ミッキーの書式」とまんが記号説 第1講 ミッキーはパーツの組み合わせで誰でも描ける まんが記号説「ミッキーの書式」 第2講 レオは肉体と内面を持ったミッキーマウスである 日本まんがキャラクターの特徴 第3講 キャラクターに名前がまだなかった時代 江戸期・明治期のキャラクター 第4講 「鳥獣戯画」と現代まんがの正しい関係 略画式とミッキーの「描き方」 第5講 ミュシャと与謝野晶子から少女まんがは生まれた アール・ヌーヴォーと「明星」の挿画 第6講 正チャンはどうして成長しないの?と大正の子供は疑問に思った 大正期のまんがと読者たち 第7講 まんがは最初から現代アートだった 大正アヴァンギャルドと田河水泡 第8講 「のらくろ」は「軍人」であったが故、成長しなくてはならなかった 「のらくろ」における身体性と内面性の発生 第9講 ミッキーの描き方は誰のものか? 著作権と公共財産としての「描き方」 第10講 自分らしく生きようとミッキーのコスプレネズミは思った 「ミッキー」海賊版とオリジナリティの関係 第2章 戦時下のまんが表現とキャラクターの運命 第11講 「科学」という思想統制でまんがから「物語」が消える 内務省統制と科学化するまんが表現 第12講 空想を禁じられたまんがと学習まんがとの関係 小熊秀雄と「火星探検」 第13講 「原稿が描けない」という楽屋オチで「統制」に抵抗したまんが家がいた 大城のぼるの“抵抗” 第14講 戦時下、朝日新聞社は何故、二次創作を呼びかけたのか 「翼賛一家」と読者参加型プロパガンダ 第15講 釈放された“その男”は日本で初めてのアニメーション評論の専門家となる 今村太平と『漫画映画論』 第16講 ディズニーみたいなアニメがないと日本は戦争に負けるぞ、と言われた海軍が支援したアニメとは? 「文化映画」としてのアニメーション 第17講 ディズニーアニメとドキュメンタリー映画の手法はいかに融合したか? 『桃太郎 海の神兵』の方法 第18講 大阪大空襲の直後、手塚少年が焦土の中の映画館で観たアニメは? 『桃太郎 海の神兵』と手塚の習作『勝利の日まで』 第19項 16歳の手塚少年のノートの中で戦後まんがが始まる 手塚における映画的手法の成立と身体性の発生 第20講 手塚治虫はディズニーキャラをいかに「科学化」したか ミッキーの書式とリアリズムの統合 第3章 「アトムの命題」と可能性としての戦後まんが 第21講 ストーリーまんがと手塚が「おれはまんがの中のその他大勢のひとりだ」と思ったこととの関係 「大きな物語」と「ストーリーまんが」 第22講 手塚治虫、「映画的」まんがを「実験」する 実験作として『罪と罰』を読む 第23講 戦争が終わり、手塚少年はもう一度、ディズニーを受けとめる 『新宝島』と「映画的手法」 第24講 『スーパーマン』は何故、敗れたか? GHQと占領下のまんが表現 第25講 アトムは何故、非武装だったのか? 『アトム大使』と日本国憲法 第26講 成長しないはずのキャラクターに成長せよと無理難題を命じる 「アトムの命題」とは何か 第27講 手塚治虫の「映画的手法」を誰が発展させたのか? 辰巳ヨシヒロと石森章太郎 第28講 少女まんがは「少女とは何か」をある日、問い始めた 24年組の主題と方法 第29講 何故、70年代の少年まんがのヒロインは次々と無残に殺されたのか? 身体と成長という主題 あとがき |
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