| 書 名 | 猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか | ||||||||
| 著 編 | 斎藤環 | ||||||||
| 協 力 | |||||||||
| 出 版 | 青土社 | ||||||||
| 発行日 | 2015年2月12日 | ||||||||
| 発行地 | 東京 | ||||||||
| 定 価 | 1850 | ||||||||
| たてcm | 19 | ||||||||
| よこcm | 14 | ||||||||
| 【備考】 | |||||||||
| ISBN978-4-7917-6845-5 | |||||||||
| 【内容】 | |||||||||
| [目次]
序 猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか お勧めはできない 賢治と猫耳 猫はなぜ虐殺されたのか ツンデレの“深層” “まなざし”における同一化=疎外 1 二次元空間の冒険 ユートピアゆき猫目の切符 あずまきよひこについて 演じられない感情 「猫目」の謎 内言の排除 フレームとしてのキャラ 「愛の風景」の回復のために 松本大洋について 離人化技法 フレーム マルチレイヤー・ユニゾン 「愛」の風景 アルザック、あるいは夢の臍 メビウスについて 去勢されるメビウス 『アルザック』あるいは『アルザック・ラプソディ』 メタ世界の反復 出会いそこね 伊藤若冲のD4C 伊藤若冲について 想像界の重層性 圧縮効果 レイヤー関係の攪乱効果 「穴」と「まなざし」 発動する「D4C」 2 二次元/三次元の少女性 ピカソは『ポニョ』の夢を見るか? 変形する少女の系譜 ピカソと「反動形成」 ピカソ=ロリコン説? ペドフィリック・エレメント 溶岩とバービー人形 蜷川実花について 無限の「擬態」 「かわいい」移行対象 「解離」の技法 限界のないもの 「戦闘美少女」としての「かぐや姫」 高畑勲について 疾走する戦闘美少女 「戦闘美少女」とは誰か 虚構性と内面性 罪と罰、あるいは「感情」 “卵”たちの想像力 『cocoon』について 『cocoon』は「忠臣蔵」か 想像力=ナルシシズムの擁護 「マユの去勢」と死 “卵”たちの抵抗 3 キャラの倫理とナルシシズム まどか☆エチカ、あるいはキャラの倫理 『魔法少女まどか☆マギカ』について なぜ「少女」なのか? 「戦闘美少女」とは何だったのか 「魔法少女」は「精神病」である 願い事のパラドックス 「キャラの倫理」 「演ずること」と“キャラ”の超克 武富健治について 立志式と「中二病」 ヤンキー的リアリズムとの決別 「色眼鏡」としてのリアリズム “卒業生の暴力” “キャラ”の不在 サンデーとは高橋留美子である 『週刊少年サンデー』について 高橋留美子の衝撃 「両性具有」と「同じ顔」 ナルシシズムと「分裂」 不気味さの「環状島」へ 岩明均について 「ノンシャラン」と「暴力」 「和田山」の「不気味さ」について 「切断」と「去勢」 不気味さとナルシシズム 4 映像の物語と身体 心理主義から「心の理論」へ クリストファー・ノーランについて 心理主義の終焉 インセプション、あるいは胡蝶の夢 「心の理論」のリアリズム いかにしてヴァンパイアは滅びたか 岩井俊二について 吸血鬼の精神分析 吸血鬼の脱構築 デジタルメディアが「もの」を殺す 笑いと飛び蹴り、あるいは凝集のための「身体」 ポン・ジュノについて 「身体性」と「まなざし」 二項対立が導く身体性 母なる身体 笑う身体 方法としての「父性」 ウェス・アンダーソンについて アニメの“切断性” 家族と父性 自己愛的父性たち 5 日本的想像力をめぐって 小津安二郎の「アンチ・オイディプス」 小津安二郎について 小津作品における「子供」 『突貫小僧』と『出来ごころ』 『生まれてはみたけれど』 『お早う』 「子供」の冗長性 “挨拶”のリトルネロ メディア・怪談・超越論 『遠野物語』について 怪談としての『遠野物語』 メディアと「怪談」 「吸血鬼」と「幽霊」 柳田國男の「自然主義」 「もの」と超越論的態度 発光する神、あるいは換喩的感染 古事記について 「放射能」とケガレ 「換喩的感染」とは何か 発光する神の謎 「光」と去勢否認 「換喩的生成」文法 換喩的論理の空間 スサノヲコンプレックス、あるいは換喩的調停者 荻原規子について 神話からファンタジーへ 日本神話の非-神話性 対立と調停への欲望 あとがき |
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