| 書 名 | 映画式まんが家入門 | ||||||||
| 著 編 | 大塚英志 | ||||||||
| 協 力 | |||||||||
| 出 版 | [発行]アスキー・メディアワークス [発売]角川グループパブリッシング | ||||||||
| 発行日 | 2010年5月10日 | ||||||||
| 発行地 | 東京 | ||||||||
| 定 価 | 762 | ||||||||
| たてcm | 18 | ||||||||
| よこcm | 11 | ||||||||
| 備考 | |||||||||
| ISBN978-4-04-868562-7
アスキー新書152 |
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| 内容 | |||||||||
| [目次]
序 日本のまんが表現は何故「エイゼンシュタインみたい」なのか 第1部 まんがはいかにして映画になろうとしたか 第1章 「映画的まんが」から「舞台的まんが」へ 「連続まんが」の登場/「フィルム漫画」という形式/現在のまんが形式の原型/「奥行方向」という映画らしさ/「映画」のように「まんが」を読む/「映画のようにまんがを見せる」ことへの意志/まんがの雛型としての「舞台」/大正アヴァンギャルドと田河水泡/構成主義の成立/大衆化していったアバンギャルド/「ミッキーの書式」の受容/定型化した「舞台的まんが」 第2章 まんがの「文化映画」化とモンタージュの発生 アメリカスタイルのまんが表現の借用/紙芝居作家の証言/理論先行型のモンタージュ受容/「科学」というイデオロギー/十五年戦争下のまんが表現統制/ある「転向」詩人の果たした役割/科学という「抑圧」の産物としての映画的手法/「文化映画」化したまんが 第3章 手塚治虫は『桃太郎 海の神兵』をどう観たか 「アニメーション」の「ロシアアヴァンギャルド的映画」への接近/「文化映画」はいかに成立したか/マルクス主義系の映画人の転向の場/「プロパガンダ」と「芸術」/ストーリー性が排除された「文化映画」/戦時下のリアリズム 第4章 ディズニーとエイゼンシュタインを「野合」させた男 映画批評家・今村太平/「物語形式」と「記録形式」/「文化映画」とは映画の「科学化」である/「戦後の絵のテーゼ」ディズニーのロシアアヴァンギャルド的解釈/国策としてのディズニー研究を主張/戦後のまんが、アニメーションの隆盛の基礎 第5章 手塚治虫と戦時下の映画批評 『勝利の日まで』の特異性/明確に成立している「映画的まんが」/十五年戦争下の映画理論を援用/「まんが記号説」の出自/「ストーリー」と「歴史」的広がり/「文化のようなまんが」/手塚治虫は何を試みたかったのか/『罪と罰』の実験/「ストーリー」と「時間」観念の問題/手塚治虫の「映画的手法」/「クレショフ効果」の奇妙な援用/「文学」をいかに「まんが」は表現しうるか 第2部 映画式まんが家入門<実践編> 第1章 「竜神沼」はいかにして「映画」になろうとしたか 画期的な演出技術論/手塚治虫のまんが入門書/石森章太郎が整理発展させた「映画的手法」/「龍神沼」の実験性/「竜神沼」が採用した技術/「ブロッキングサイズ」の概念/徹底して意識されたカメラ位置/「ショット」としてのコマを編集する/グリフィスの「並行編集」/エイゼンシュタインの弁証法的モンタージュ 第2章 映画式まんが家入門ワークショップ ワークショップ1 「竜神沼」を絵コンテ化する ワークショップ2 「ストーリーリール」から見えてくるもの/新海誠と「ビデオコンテ」という手法 ワークショップ3 「劇画」における「映画的手法」のあり方/「大ゴマ」の機能/「まんが」の「次の形」への手懸り/「映画」と「まんが」 ワークショップ課題A ワークショップ課題B あとがき |
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